セラピスト・治療家で「もらっちゃう」人は気にかけてみて欲しい3つのこと

ABOUTこの記事をかいた人

森部高史

自分軸ライフクリエーター。株式会社Pono Life代表取締役。Kukua Body主宰。アメリカ在住時でATCとしてトップレベルアスリートのケアにあたる。数少ないロルフィング®の資格を持ち、クライアントの身体と心のバランスを整え人生に寄り添い、「先生」と呼ばれる治療家やセラピストを指導する立場にもある。その人柄と結果を導くセッションと講座には全国から参加する人が後を絶たない。

「べぇさんは人の話を聞いてばかりで疲れませんか?」とよく言われます。

んー、疲れないですねぇ。厳密にいうと、疲れていた時もありました。でも疲れることはなくなりました。

 

よく人の身体に触れる仕事をしている人が口にする言葉に「(変な気を)もらっちゃった」というものがあります。

自分も疲れてしまった時期がありますし、言っていることはわかるのですが、疲れてしまった時期でもそれを平然と口にすることには違和感を感じていました。

 

「自分は一生懸命やっているんだけど、来た人が(患者さん・クライアントさん)ちょっとねー」と言っているように聞こえてしまうから。

負のエネルギーを持つひと

確かに世の中には「負のエネルギー」を持っている人っています。でも、本格的にそこまでの人はわざわざ人のところに来て、セッション・治療・セラピーを受けにくるということはしないと思います。だって良くなりたくないんだもの。

それ(負のエネルギーをまとってること)がアイデンティティーになっているから。

 

そのことを自覚しているタイプとしていないタイプはありますが、基本的にはそのアイデンティティー(マスク・仮面)がとれるのは困っちゃうから来ません。仮に来たとしてもとりあえず文句を言って帰るので放っておきましょう。

もしかして私もそんな人なんじゃ、、、

と思ったあなた。このブログを読みにくるような人はそんなことないです。もちろん、人ですし、人生山あり谷ありだったりしますから、常に晴れやかな気分でいられるかといわれたらそうではないかもしれません。

いろいろ悩んでいて、それを改善したくてご連絡をくださり、Kukunaに足を運んでくださる方々がいる。

 

こんがらがってしまっている肉体的・精神的な紐を少しずつ解いていきたい、ということが多かれすくなかれあるから来てくださるのだと思うのです。だから、肉体的緊張がほどけたり、精神的緊張が緩和されたりした時に涙を流す人もたくさんいます。

たくさんの笑顔を見せてくれる時もあります。その時間が、Kukunaを育てていってくれています。

 

とても大切な大切な時間であり、空間です。

 

でも涙を流す人に限って「こんなの迷惑ですよね」とか「私くらいですよね、こんな風に泣いてしまうの、すいません、、、」

いやいやいやいやいやいや

全然構わないで

むしろそうやって自分の感情を今まで出すことができなかったから、肉体的にも精神的にもきつかった訳ですから。本心からの涙っていいものです弱音を吐いたっていいんです

それがただの愚痴だったり、他者を批判するという類のものだったら帰ってもらっていますが、いろいろな感情が織り交ざって自分の深いところからくる涙はいくらでも流してもらっていいんです。

 

そうやって自分の身体は機械じゃない、ということを心あっての肉体なのだということ、そして肉体があるからこその心なのだということが少しずつでもわかっていってくれたらいいから。

いわゆる「もらっちゃう」ことにならないために気をつけてみること

前置きが長くなりましたが、「もらっちゃうなー」と感じる人はこんなことを気にかけてみてください。

1.  自分の体調や感情はバランスがとれていますか?

自分自身がバランスの中にいたら、大抵のことはさらっとやり遂げられます。でもちょっと体調がすぐれていなかったり、感情的に不安定な時はちょっとしたことでイラッとしてしまいますよね。

そうすると、相手のこともうまく受け入れられなかったり、流すこともできなかったりします。相手がどうこうというよりも、まずは自分自身を整えること。

 

自分自身のためにセッションや施術を受けにいっていますか?

最近「もらっちゃう」クライアントさんが多いなー、と感じているようなことがあれば、それが意味することはただ一つ。あなた自身が、「あげちゃう」人になっている、ということです。

昔から類は友を呼ぶ、というようにその場にくる人は今のあなたの状態を如実に表します。まずは自分の状態を確認しましょう。

自分自身の状態を確認するには、昨日のエントリー↓をご覧ください。

2.  自分の身体の使い方はどうか

人の身体を触る仕事をしている中で、またはその技術などを習得する中で「この筋肉はこう触る」とかそういう手先のことは習ったりするようですが、自分自身の身体の使い方がどうなっているか、を教えてもらうことはほとんどないようです。

ロルフィングのトレーニングを受けている時は、常にそのことを言われていました。何を触っているか、よりもどう触っているか。「何」にフォーカスしすぎていると、無理な体勢で人の身体を触っていることが非常に多いです。

どんなスポーツでもそうですよね、まずは基本的なフォーム作りがあります。

でもなぜか、思いっきり肉体労働でもある、人の身体を触ることに関しては、その部分がすっ飛ばされます。

でもちょっと考えてみてください。触る人が力入りまくっていたり、無理な体勢で行っていたらその緊張や力の入り具合って相手にも伝わってしまうと思いませんか?

そうすると、無意識にしろ意識的にしろ、施術をうけている相手も力がはいります。悪循環です。

 

それに身体の中には非常に微細な動きがあります。力が入ってしまっている身体の使い方では、その微細な動きを捉えることはできません。出来上がった料理を放り投げるように投げてくるようなレストランに繊細な味は求められないですよね。

そういった知らない間に力を入れてしまっている自分で、疲れてしまって「もらってしまった」なんて思っていることも結構ありそうですよ。

3.  同情か共感か

日本語で表現するのが難しいところもありますが、英語ではSympathyとEmpathyという表現があります。Sympathyは同情。Empathyは共感

そう訳されることが多いとおもいます。

 

同じような印象を受けるこの言葉の決定的な違いは、クライアントと施術者の間にしっかりとした距離がおかれているかどうか。いうなれば、施術者側にしっかりとした軸があるかどうかだと思っています。

同情は、相手の方にずるずると引きずり込まれてしまう状態。共感は、相手の状況を理解しながらも、「私にできることはここまでですよ」を提示できる状態。

そう言ってもいいかもしれません。

 

「相手と距離をおくなんて、相手のためを思っていないじゃないですか!私はもっとクライアントさんに寄り添う形での施術を行いたいんです!」そんな心優しい方もいらっしゃるかもしれません。

ここが距離感の難しいところではありますが、共感は決して相手のことを放っているわけではありません。時にその距離感はそれは透明なサランラップくらいの 薄さの膜かもしれません。もう少し分厚い透明なガラス窓くらいかもしれません。

 

その厚みはその時々によって変わるかもしれませんが、そこには明確な隔たりを設けてあるかどうか。なぜなら、どのようなセラピーであれ、施術であれ、甘やかすためにあるわけではなく、最終的にはその人が「自立していくためのお手伝い」だと思うから。

自分の想いを発信していることもプラスに

僕はこうやってブログを毎日(現在は不定期)書いています。そうすることで、この文章に共感してくださる方々がセッションをうけに来てくださっています。それにより、僕自身も選別されているのだと思います。

この人は何を言っているんだろう?と感じる方もいらっしゃるでしょうそれと同じかそれ以上に(もしかしたらそれ以下かもしれないけれど)べぇ、って人は自分には合いそうだな。べぇさんに会ってみたいなそう思ってくださる方々もいらっしゃいます。

 

こうやって自分の考えていることを発信し、読んでいただいているおかげで後者の方々からお声掛けをいただいています。だから毎日のセッションがとても楽しいです。基本的に自分の考えかたに「共感」してくださる方々しかオフィスには来ないわけですから。

それって双方にとってプラスの環境作り、の一環だと思っています。

まとめ

人の話を聞いていると疲れてしまうあなたに送るいくつかのポイントでした。「もらってしまう」という人の多くはとても心優しい人だと思います。その優しさをもっと多くの人に分け与えられるように

そして何より自分自身が気持ちよく居られる時間を増やしていくなんらかのヒントになったら嬉しいな、と思います。

それではまた

森部高史


【無料PDFプレセント】

世間的には無名でも自分のペースで仕事しながら楽しく長続きする個人サロン/治療院の秘密



登録はこちらから


自分軸を探求するオンラインサロン『ジブラボ』

多くのトレーナー、インストラクター、セラピスト、鍼灸師、柔道整復師といった身体の専門家、そしてもちろんそれ以外の体のことをお仕事にされていない方も集っています。

ジブラボについてはこちらをクリック